京庵 -miyako an-
北海道胆振東部地震
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自然災害の前に私たちができること

2018年9月6日、午前3時8分、北海道胆振東部地震発生。

1995年1月17日、午前5時46分、阪神淡路大震災に遭った私。
最初のドンっという揺れで目が覚め、しばらくして
ゆさゆさと続く揺れが段々と大きくなり、止まない気配を感じて、
すぐに飛び起きて部屋の廊下のあたりまで逃げました。

「ヤバい、ヤバい、、、」思わず呟きながら、
とにかく小さく丸まって、携帯を持ち、揺れが収まるのを待ちました。

震度は!?震源地は!?

俯瞰で自分の状況を把握するために、情報が欲しい。

ネット経由でテレビをつけ、緊急速報をやっているところを探し、
ネットの地震速報を見る。

そうしている間に近くに住む知り合いから、ラインで連絡が入る。

実家を離れ、一人で暮らしている身としては、
この連絡が心強い。

そうこうしている間に、停電。

wifi経由で見ていたテレビは途切れた。

幸い、ネットの電波はまだ通じており、なんとか少しは情報が手に入る。
昔と違って、そのあたりの安心感はありがたかった。
でも、とにかく夜明けを待たなくては。
と、すぐに外に出られるように着替え、水道が使えることを確認して
お風呂に水を貯める。

タンクにお水があるうちに、トイレも済ませておく。

冷蔵庫は無駄に開けなければ冷気が持つ。
電気がどれくらいで復旧するのかはわからなかったけれど、
とりあえず、溶けてしまいそうなアイスを朝ごはん代わりに食べてしまう。

朝になって、外に人の気配がし始め、近隣も特に大きく倒壊したものがなさそうだとわかる。

余震が続いていたので、とにかく扉を開けたまま、
部屋の柱が一番しっかりとした辺りに身を置き、
ネットからの情報収拾。

お昼前になって、携帯の電波が弱り始めたため
周辺を見に行くことに。

幸い、昔の経験から、食料の備蓄はある。
水道も出たため、水分も確保できるし、カセットコンロもガスもある。

まずは、近くの区役所へ。
この状況になると、とにかく電源の確保。
充電ステーションの設置が大事なのだけれど、
自家発電装置や発電機など、ちゃんと用意があるのだろうか!?と、
足を運んでみるも、
まだ午前中だったせいか、のんびりした北海道気質からか、
災害に慣れておらず、マニュアル的なものがしっかりしていないせいか、
区役所は機能していなかった。
(とりあえず入り口に立って、何もできません、と、宣言するのみ)
(中は照明がついていたので、何かしらの予備電源はあったのかもしれないが、
それを活かす方法や初動で動ける人がいなかった模様。
職員さんたちも近くのコンビニで思い思いのものを買い出し、にこやかに談笑していた)

電波は少し良かったので、通信が再開できた。
コンビニの行列が長くなり始める。

近くのテレビ局へも行ってみた。
おそらく、放送はしているのだろう、と、思ったので、
なんらかの電気を確保しているのなら、充電ステーションの設置は可能だろうと思ったから。

しかし、電波の通りも悪く、正面玄関の入り口には守衛さんがおり、
閉館してます。というだけ。

こちらも、初動で動ける人はいないようだった。

おそらく、電源がなければポンプが機能しないタイプのマンションにお住まいの方々が、
近隣の公園の水道から水を汲む行列を作っていたり、
普段、屋台などの出店をしているのであろう飲食店が、
あるだけの燃料で発電機を動かし、充電サービスを行っていた。

どこのスーパー、コンビニの前にも行列ができ始める。
食料の備蓄や水が出ない人たち、充電できるものを持っていない人たちだと思われる。
セコマの店員さんなどは指導されているのか、
自分たちの車から電源を取り、レジやコーヒーマシンなどを動かしていた。
あれは本当に素晴らしい対応だと横目で見つつ、家路を辿る。

そうしている間に、電波塔の電気が途切れたのか、
本格的に通信ができなくなっていきました。

自家発電機がそばにある交差点では、警察の方が発電機を動かし、
信号も機能していましたが、それが設置してあるところや
燃料が足りているところがわずかだったせいか、
中心部では手動で交通整理が始まっていた様子。
信号用発電機

雪国で普段から、急ぎ過ぎても良いことがないと知っている土地柄だからか、
その辺りは停電中でもお互い譲り合って、車は上手く走っているようでした。

そして、地震から一週間。
きっと多くの被災地以外の人は、備えなければ、という意識を持ちつつも、
実行には移せていない部分が多々あるのではないかと思います。

台風にしてみたって、まさか、あんなにも被害が出るだなんて、
思ってもいなかったと思いますし、私自身もそうでした。

昔は、それこそ、台風が来る、と言ったって、
休校になることも稀だったし、なったとしても、意外に晴れて
全然大丈夫だった!みたいな経験が多かったので、
近年の水害や土砂崩れ、風による被害など、
日本でもそんなことが起こるんだ!?と、いう思いでした。

阪神淡路からは20年以上。生きている間にもう一度、震災に遭うなんて、
そんなにリアルには思っていなかったし、
だからこそ、備えも『ソコソコ』レベルだったなと反省しました。

ついこの間の大阪の地震も、タイミングがずれていれば
実家にいて、地震も台風も、ダブルで巻き込まれているところでしたし、
いつ、自分の人生で、何度そういった災害に巻き込まれるかなんて、
わからないものなんだと感じました。

大きな災害に遭うとか、大変な目に遭うなんてことは
一生に一度、あるかないか。なんてことは、ないのかもしれません。

地震が活発化し、温暖化や地球の地軸のずれも影響しているのかもしれないけれど、
台風や水害も年々多発している印象です。

他人事ではない。

というのは本当で、日本に暮らしているからというより、
地球に暮らしている以上は、何かしら備えは必要、くらいに思って、
生活の片隅に、当たり前に準備をしておかなくてはいけないのかもしれないと感じます。

自然災害の前に人は、ただ、淡々と生きることしかできません。
でも、その淡々とした日々の積み重ねで、日常ができて行くから、
スクラップ&ビルド、なんて言われますけど、
災害が起こっても生き延びなければなりません。

そのために、ちょっとした心がけでいいのなら、
面倒がらず、他人事と思わず、淡々と、少し、手を伸ばす。
実行に移す。

その小さな積み重ねで、命が救われるのなら、
備えずにいる理由はないのかなと思って、行動した方がいいな、と、思ったのでした。

ちなみに、私が今回、甘かったな。
ちゃんとしておけば良かったな、と、思った備えの不足。

・手回し充電付きラジオの準備
・ソーラーバッテリー
↓こーいうやつ


*手回し、ソーラー、バッテリー機能もついたもの。
災害後は売り切れ必須。でも、気長に待って手に入れましょう♪

みなさん、あった方がいいですよ。

あとは、北海道とか寒い地域だと、冬の時期の備えのために
カセットボンベで使える暖房とか。

・ボンベヒーター
↓あればキャンプとかでも活躍するので便利!

ちなみに、
<足りていた備え>
・食料、水分の備蓄(袋麺10食分くらい、お茶、水などボトルに入れて2〜3L)
・乾電池
(ただ、電池で使うラジオやライトがあったわけではないので無意味)
・ソーラーミニライト
・ノートPC、タブレットの充電
(夜には満タンにしてあるのでスマホの充電はノートPCから3〜4日ほど可能)
・カセットコンロ、ボンベ(2〜3本)
・カイロ
・ウェットティッシュ
・ビニール袋(いろんなものに使えるので、一定数は貯めておく)

一人だとこれくらいで充分、一週間くらいは食べて過ごせます。
水分はもう少し多くてもいいかもしれません。
生活用の排水などは別として、食用の水は調理にも使うので確保したいところ。
水を使わないで食べられる食料も一部あっても良かったかもしれません。
(でも温かいものとか、調理したものが食べたくなります)
(災害時でも、コーヒーがなきゃ!みたいな人など、自分の嗜好に合わせてどうぞ)

ただ、東日本の津波や、水害も見てきているので感じることではありますが、
この備えをしていても、地震なら、揺れが収まった後で掘り起こすなり
備えを取り出すことができるかもしれないけれど、
逃げたあと、水に流されてしまったり、火事で燃えてしまったりすれば、
手元には何も残らなかったりはするんですよね。

それであっても、備えを手にすることができた誰かが、全てを失くした誰かに
シェアすることができるかもしれないから。

命を守ること。
できる限りであっても、備えておくこと。が、
大切なんだな、と、思います。

2018.9.17.