京庵で使うお野菜は、
庵主の両親が畑で育ててくれたものを出来るだけ使っています。
それは、私が食べていて、美味しいし、安心してお出しできる食材だから。
と、いうのもありますが。
一番の理由は、自分が『美味しい』と、感じるものを、
素直に『お客様にも味わってもらいたい』と、思うからです。
お野菜は、京都からちょっと離れた西宮の畑で穫れています。
六甲山の恵みを受けた、宮水の地で育つお野菜は、
無農薬、有機肥料で作っています。
お野菜は時に、虫たちに食べられてボロボロで、
収穫できない時もあります。
人間にも美味しいモノは、虫にも美味しいということですね(^^)
穴の開いたお野菜だけど、味にはそれだけ、
魅力が詰まっているということ☆
フルーツ類は特に、鳥たちとの取り合いが大変です。
さくらんぼなど、こんなに固い実の頃からの争奪戦。
↓ ↓ ↓
人間も鳥たちも、季節の恵みが楽しみで仕方ありません。
『美味しい!』の笑顔が嬉しくて、
毎日せっせと、両親は畑を耕してくれ、
私はとても簡単に、
でも、愛情だけはたっぷり注いで、
お野菜をそのまま味わっていただけるよう、調理します。
端境期には、すべてのお野菜を自家製でまかなう事も難しいけれど、
それでも、ご縁のある、同じく美味しいモノに愛情を注いでおられる方から、
野菜や魚やお肉などの命をいただいていて、
お客様には、お腹も心も満たしてもらえたらしあわせだな。
と、思っています。
そしてコレはオマケ情報。。。
庵主のお家は、代々、神社やお寺の総代さんをしています。
特に神社は、西宮、廣田の大神様の日供もさせていただいています。
日供(にっく)とは、神様の毎日のお食事です。
当然、その地で穫れた自分たちの手で育てたお野菜を
ありがたくお供えさせていただきます。
だから、
京庵のお野菜は、神様のごはんと同じ食べ物。
だけど、
ソレは特別な事ではありません。
氏神さまは、全国どこでも、
その土地の人が育てた、その土地のモノを召し上がられます。
つまり、
その土地の人が育てた、その土地のモノをいただくということは、
とても当たり前に、神様と同じ物を口にするということ。
昔々から人々は、全国どこでもそうやって、
神様と同じ物を口にしてきたんだと思います。
流通や情報の発達した現代社会では、
海を遥かに越えた場所からも美味しいモノが届きますが、
そんな贅沢も楽しみつつ。。。
地元の恵みを当たり前に、ありがたく頂く事ができるのもまた、
実はとっても素敵な事なんだ。って。
改めて、ちょっと、心に留めてもらえたら嬉しいなと思っています(^^)